ゲーム解説
サプライチェーン・マネジメント研修用シミュレータのルール、理論的背景、画面の使い方を一通り説明します。
1. ビールゲームとは
1960 年代に MIT(マサチューセッツ工科大学)スローン経営大学院で開発された、サプライチェーン・マネジメントの古典的シミュレーションゲームです。4 人のプレイヤーが供給網の各段階を担当し、「チーム全体の総コストを最小化」することを目指します。
このゲームの本質
勝敗ではなく「システムの構造が人間の行動を規定する」という気づきを得ることがゴールです。どのチームでも似たような在庫変動パターン(カオス的状況)が起こることから、属人的な問題ではなくシステム構造そのものが課題であることを学びます。
2. 4つの役割と流れ
消費者
小売店
顧客対応
二次卸
パイプ役
一次卸
在庫ハブ
工場
生産
原材料
← 情報(発注)の流れ
モノ(ビール)の流れ →
| 役割 | 仕事 | 見える情報 |
| 小売店 | 最終顧客の需要に応える | 顧客需要(実データ) |
| 二次卸 | 小売からの注文を受け、一次卸へ発注 | 小売からの発注量のみ |
| 一次卸 | 二次卸からの注文を受け、工場へ発注 | 二次卸からの発注量のみ |
| 工場 | 一次卸からの注文を受け、ビールを生産 | 一次卸からの発注量のみ |
重要な制約
- 情報遮断:プレイヤー間の会話・相談は禁止。他拠点の在庫や状況は見えない。
- リードタイム:発注は 2 週、輸送も 2 週の遅延。今週の発注が手元に届くのは 4 週後。
- 受注残:在庫不足分は欠品として累積し、次週以降に優先的に発送する義務がある。
3. 1週のサイクル
各週、全プレイヤーが以下の 5 ステップを順に行います。
全員が Step 5 の発注を入力すると、次の週へ進みます。工場だけは Step 5 が「生産指示」となり、原材料から完成品を生産するラインに投入します。
あなたが決めるのは毎週 1 つの数字だけ
「今週、上流に何ケース発注するか」──これだけです。ただし、4 週後にしか効果が出ないこと、他の 3 人の決定と同時並行で行われることが難しさの源です。
4. コスト計算と勝敗
欠品ペナルティは在庫保持の 2 倍。機会損失が在庫コストより重く設定されています。
勝利条件
全週にわたる「チーム全員のコスト合計」が最も低いチームが勝利。自拠点のコストだけ最適化しても勝てません。部分最適と全体最適のトレードオフが研修のテーマです。
5. 鞭効果(Bullwhip Effect)
ビールゲームの核心は、鞭効果(Bullwhip Effect) の体感です。
小売段階での顧客需要のわずかな変動が、サプライチェーンを遡るにつれて増幅され、工場段階では巨大な変動となって現れます。まるで鞭(むち)を振ったときに先端ほど大きく揺れるように──。
典型的な発注量ピーク(4→8 ステップ需要の例)
顧客需要8
小売店12
二次卸20
一次卸30
工場40
※ 上図はイメージ。実際の増幅率はプレイヤーの判断により変わります。
原因
- リードタイムによる情報の遅れ:今発注しても、手元に届くのは 4 週後。
- 情報の非対称性:下流の状況しか見えない中で、不安や推測に基づく過剰発注が発生。
- フィードバックの遅延:自分の判断の結果が数週間後にしか現れないため、「効いていない」と感じて追加発注してしまう。
教訓
「個々のプレイヤーが良かれと思って合理的に下した判断(部分最適)」が、「システム全体としては最悪の結果」を招くという構造を理解することが、このゲームの最大の学びです。
6. 画面の見方
プレイヤー画面
- 上部のサプライチェーン地図:自拠点がネオン色で強調。他拠点は情報遮断のため灰色。
- 自拠点パネル:
- 受注残(欠品):優先的に発送する義務がある未納分。
- 在庫:手元にあるビール(樽アイコンで視覚化)。
- 累積コスト:在庫費用と欠品費用の合計。
- 配送中パイプライン:上流が出荷済みだが、まだ到着していない商品。
- 発注中パイプライン:下流から送られた注文で、まだ到着していない数量。
- 発注パネル:
- 今週観測した需要:判断の材料。
- ± ボタンと数値入力、クイック選択(0 / =需要 / 前週 / 需要+4)で素早く入力。
- 席ステータス:4 拠点の発注状況(✔=済/…=待機)。他人が誰かは分かりませんが、全員揃ったかは分かります。
- 終了画面:鞭効果グラフ、在庫推移、累積コスト比較、全データ公開。
/results/<id>/view で後日再訪可能。
講師画面
- ゲーム作成:週数、需要パターン、各席を人間/AI で設定。
- 進行制御:開始・一時停止・再開・強制進行(未入力席を前週同量で自動補完)。
- 席切替:ゲーム途中でも人間⇄AI の切替が可能(欠席者対応)。
- 需要パターン編集:残りの週の顧客需要をその場で変更できます。
- ゲーム削除:一覧の「🗑 削除」ボタンで不要ゲームを消去(結果JSON/CSVも含め)。
7. 講師向け:運営のコツ
- 人数調整は AI で柔軟に:欠席者が出ても、その席を AI(naive 推奨)に切り替えるだけで進行可能です。
- 需要パターンの選び方:
realistic(推奨):ベース需要 4〜6 のランダムウォーク+販促期間+単発スパイク+低迷期を組み合わせた実務に近いパターン。ゲームIDを乱数シードとするため、同じIDを共有すれば他チームも同条件でプレイ可能。
classic-step:原典どおり週5で4→8の単発ステップ。解説用。
promotional:10週周期で3週間の販促。鞭効果が最も強く出やすい定型。
spike:週5のみ需要16の単発ショック。短時間デモ向き。
- AI 戦略の選び方:
naive:観測した需要と同じ数量を発注。最も素朴。鞭効果は小さい。
conservative:目標在庫に近づけるよう少しずつ補正。バランス型。
base-stock:パイプラインを考慮した数理最適解に近い戦略。鞭効果を抑制しやすい。
anxious(不安型):人間の過剰反応を模倣。需要増には2倍で反応、バックログは全量追加発注。鞭効果が最も強く出る。
- 一時停止で振り返りを挟む:週 15〜20 付近で一時停止して「なぜ在庫が急増/欠品したのか」を議論すると、気づきが深まります。
- 需要パターンを途中で変える:「季節的な需要変動」を模擬するために、講師が残り週の顧客需要を書き換えるデモが効果的。
- 結果の見方:終了後の増幅率(工場の発注分散 ÷ 小売の発注分散)が 1.5× を超えると鞭効果が明確に観察されている指標です。
8. 他のモード
通常の研修(講師+4人)以外にも、目的に応じた複数のモードが用意されています。
🎓 ソロ・チュートリアル
初めての受講者向けの 1 人練習モード。認証不要で /tutorial.html を開くとすぐ開始できます。
- 小売店を自分が担当し、他 3 役は
naive AI
- 期間:15 / 20 / 30 / 50 週から選択
- 需要は
realistic パターン(ベース+販促+スパイク+低迷)
- 状況に応じたヒントが表示される(需要通り発注→リードタイム→バックログ注意 等)
- 終了時、「全員 naive AI」「あなた」「全員 base-stock AI」の 3 者比較で自分の判断を振り返れる
- 研修前の予習、研修後の復習に使える
🏁 チーム戦モード
複数チームがまったく同じ需要でプレイして総コストを競うモード。
- 講師が講師画面の「チーム戦作成」フォームで N チーム(2〜20)を一括生成
- 同一
eventId のゲームは同じ需要シードを使うため、チーム間の成績比較が公平
- 観戦ダッシュボード
/team-event.html?event=XXX は認証不要でチーム全員が観戦可能
- 5 秒ごとに更新、終了チームから🥇🥈🥉順位が確定
- 「全チーム比較」で全員の鞭効果グラフを重ね表示
📊 結果比較
/compare.html は終了済みゲームを並べて比較するためのツールです。
- ゲーム ID を追加していくと総コスト比較表が生成される(最良=緑、最悪=赤)
- 工場の発注量、チーム累積コスト、顧客需要を 3 つの重ね描きグラフで確認
- URL に
?games=A,B,C で指定可能、共有リンクとして使える
🏆 ハイスコアボード
/hiscore.html は全終了ゲームを総コスト昇順でランキング表示します。
- 🥇🥈🥉 メダル、需要パターン・週数でフィルタ、列クリックでソート切替
- 過去の研修成績を並べて「前回より上手くやれたか」が一目で分かる
- 詳細ページや比較ページへのワンクリック導線
⏱ 発注時限(タイマー)
講師がゲーム作成時に「発注時限」を 60/90/120/180 秒から選択でき、時間切れの席は自動的に「前週同量で発注」として処理されます。
- プレイヤー画面にカウントダウン表示(30 秒以下で黄色警告、10 秒以下で赤点滅)
- 一時停止中はタイマーも停止
- 研修のテンポをコントロールしたいときに有効
9. 参考
- Sterman, J. D. (1989). "Modeling Managerial Behavior: Misperceptions of Feedback in a Dynamic Decision Making Experiment". Management Science.
- MIT Sloan School of Management — Beer Distribution Game 原典
- Senge, P. M. (1990). "The Fifth Discipline: The Art & Practice of The Learning Organization" — 第3章でビールゲームを題材にシステム思考を解説。
「出来事を責めるのではなく、構造を理解せよ」── システム思考の神髄